中橋愛生 / 谺響する時の峡谷~吹奏楽のための交唱的序曲
Nakahashi, Yoshio /


作曲者: 中橋愛生
作曲年: 2008年
演奏時間: 10分
編成:
初演: 2008年12月15日 小野川昭博 指揮 関西大学応援団吹奏楽部
ザ・シンフォニーホール(大阪)
関西大学応援団吹奏楽部第47回定期演奏会
出版社: ブレーン
委嘱者: 関西大学応援団吹奏楽部
解説:  関西大学応援団吹奏楽部のOB会である紫吹会の設立50周年の記念委嘱作品として、同吹奏楽部のために作曲。なお、「こだまする、ときのきょうこく すいそうがくのためのこうしょうてきじょきょく」と読む。
 舞台上で左右に分かれて展開し、更に2グループのバンダとして別にも存在する合計4つの金管群による交唱。その狭間にあって響応する木管。舞台上からだけではない、その《空間全体》の共振の内に身を置くことで、どのような体験をすることが出来るのか、ということに興味があった。以前、「異なった時間の共存による祝典序曲」という考え方で「科戸の鵲巣」という作品を書いたことがあるが、これと同じコンセプトで方法論を拡大した、続編とも言うべき曲である。
 空間的に離された4群は、時間的な隔絶も暗喩する。「舞台上」という《現在》と、「バンダ」という《過去》の対話。しかしこれらは対置されるものではなく、本質的に同じものである。過去はかつて現在であったものであり、現在はすぐに過去となる。呼応する《時の峡谷》の両壁は、谷底という「舞台」で繋がっている。この在り方は、長い伝統を持つ応援団吹奏楽部の歴史になぞらえることも出来るだろう。

 曲は、序奏部において奔流の如く提示される幾つかの要素を用いて構成される。その中でも最も重要なものは、木管群による鋭いリズムの《谺》である。これは、そのままの形でも曲中で随所に聞かれるが、音程構造はそのままにリズムを引き延ばすことにより、叙情的かつロマンティックな旋律へと変形されて随所で歌われる。また、金管群の同音連打を多用するファンファーレは後にパルス的な持続・音響体へと変容されるし、部分的にはソリスティックな線的動きの中にも組み込まれ、一種のシグナルの役割を果たす。
 これらの要素は常に変形し、滲み、律動に規則は感じられない。いわば《流れゆく存在》なのである。それに対し、規則的な周期を刻みつつける、時計の針のような「拍動」が、別に存在している。この《変わらない時の脈》の上に、前述の移り行く人々がそれぞれの想いを奏で、そして過去へと変わってゆく。
 途中、バンダの打楽器によって樹のシグナルが鳴らされると、それぞれの流れは一つの方向を目指す。道中、異なった時空同士の対話が行なわれたり、様々な記憶が浮き沈みするが、やがて全ての世界が一つとなり《歌》を歌いだす。実はこの歌は、曲中で常に奏されていた《谺》の変容体なのである。
 歌の果て、古今を合わせた皆が目指すのは一体何処なのか。その終着点は、かつて見た世界。誰しもが夢見る《約束の地》は、実は既に自分そして先達たちの内にこそ存在したものではなかろうか。
 受け継がれゆく記憶。それは未来の者たちが目指す理想像と同一なのである。

 この曲もやはり「作曲にあたっての新・編成組織方法の提案」に準拠した方法でパート割がなされており、「Fl(3)、Ob(2)、Bsn(2)、C-Bsn(1)、Es Cl(1)、Cl(8)、B-Cl(1)、B♭ C-bassCl(1)、S-Sax(1)、A-Sax(3)、T-Sax(2)、Bar-Sax(1)、Trp(4)、F-Hrn(6)、 Trb(4)、Euph(2)、Tuba(2)、Str-B(1)、Perc(5)、Pf(1)、Hrp(1)」(以上が本隊)、「Pic(1:Fl持替)、Trp(3)、Trb(3)、Perc(1)」(以上がバンダL)、「Pic(1:Fl持替)、Trp(3)、Trb(3)、Perc(1)」(以上がバンダR)《( )内は必要最低限人数》という大編成で書かれている。

 2007年夏から途中で中断を挟みつつ作曲し、完成は2008年8月8日。初演は2008年12月15日に大阪のザ・シンフォニーホールでの関西大学応援団吹奏楽部の第47回定期演奏会にて、小野川昭博指揮の同団による。演奏時間は約10分。
 この色々な意味で大変な、私にとっても大きな試みとなった曲に取り組んで下さる関西大学応援団吹奏楽部の皆様、委嘱して下さった紫吹会の皆様、そして 2007年の全日本吹奏楽コンクールで拙作「科戸の鵲巣」の感動的な演奏を聴かせて下さり今回初演のタクトを取って頂く小野川先生に、心から感謝。

大会ごとの集計

年度ごとの推移

吹奏楽コンクールでの演奏記録