中橋愛生 / 組踊る天海の狭間に 〜吹奏楽のための


Nakahashi, Yoshio / In the Interstice of the Danced Sky and Ocean for Symphonic Band


吹奏楽コンクールでの演奏記録

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作品情報

作曲者: 中橋愛生
作曲年: 2008年
演奏時間: 7分
編成:
初演: 2008年09月27日 柴田昌宜 指揮 陸上自衛隊第1混成団音楽隊
沖縄市民会館大ホール(沖縄県沖縄市)
陸上自衛隊第1混成団音楽隊と第3海兵隊音楽隊による「第13回日米ジョイントコンサート」
出版社: ブレーン
委嘱者:
解説:  陸上自衛隊第1混成団音楽隊の委嘱作品。

 どこまでも続く蒼天と碧海。遠方の果てを眺めると、その境界は極めて曖昧で、両者は溶け合って見える。その「空間の狭間」に浮かぶ島々の姿。―それが私の内の沖縄のイメージだ。
 タイトル中の「天海」は「あまみ」と読むが、これには「奄美」の意も潜んでいる。
 琉球神話によると、この島は阿麻弥姑(アマミキヨ)神が天より降り立ち、国造りを行なった地だという。天と海の狭間に在りて、人が営みを始めた場所である。
 現在、かの地は「琉球と大和の狭間」である。行政的に鹿児島に属しているが、文化的には琉球のそれに近い。二つの文化の交点であると言ってもよいだろう。

 曲は、「天と海の出会い」から始まる。両者が出会ったところに「人」が生まれ、天と海を内に含みつつ唄を歌う。
 やがて「人」を介し天と海は交歓し、時として逆転もする。先達が見送る中、最後には天と海は《掻き回されて》、一つとなる。
 「組踊」は、琉球王朝に古来より伝わる一種の音楽劇(オペラのようなもの)。この曲は別にオペラ的なものを語り口にしているわけではないのだが、何か架空の物語を描いているとも言える。
 異なった文化・様々な思想が交わり、やがて一つになって新たな営みとなることを願って。
 (以上、プログラムノートより)

 私は基本的に音楽に政治的な内容、歴史的出来事の描写を盛り込むことはしない。それは、軽々しくそういったことを題材にすることは出来ないと思っているからだ。10の国があれば10の、100人いれば100の真理が存在する。ましてや、多くの人の運命を変えたような出来事であれば、そこに居合わせたことがない者がそれを題材とするには、慎重に熟考を重ね、生命を賭して臨むべきだろう。今の私には知識が浅すぎて、到底書けるようなものではない。
 だが、それでもなお、陸上自衛隊第1混成団音楽隊の委嘱ということで、様々なことを考えざるをえなかった。
 陸上自衛隊第1混成団は、沖縄を拠点としている。周知のように、沖縄での自衛隊に対してあがる声には様々なものがある。広報の任に当たっている音楽隊に対してもそれは例外ではなく、演奏会のときに抗議行動が行なわれることがあることも耳にしている。かの地に先祖代々お住まいの方々の心情もよく分かるつもりだ。だが、そうした話を聞くと、やはり「分かり合えない気持ち」に、悲しく思う。
 2つの考えがあった場合、それがどちらか1つに淘汰される必要はない。弁証法、というわけではないが、止揚が生まれるのが望ましいのではないだろうか。そんなことを考え、私にしては珍しく上記プログラムノートのような《物語性》のある内容のものを書こうと思った。
 委嘱を受けたとき、初演の機会がいつになるかは決まっていなかったのだが、奇しくもアメリカの軍楽隊との合同コンサートであった。ここでも「二者の交歓」がテーマとなっていたことに、奇妙な偶然を感じた。

 曲は、委嘱者の希望が「沖縄を題材としたもの」だったもあり、沖縄の伝統音楽を素材としている。
 使用している音階は、いわゆる琉球音階だが、「天と海の出会い」というテーマを反映させた「広い音域に渡るモード」も部分的に使用している。他、エイサーの指笛(元々は先祖の霊を呼ぶもの)の模倣や、カチャーシー(掻き回す、が語源)のリズムなども。
 表面的な、いわゆる《観光地化された沖縄》にならないように、曲を書くにあたって、島に伝わる古いエイサー(遅いテンポのものもある)や、地元のカチャーシーなどの録音を多く聴き、私なりに噛みくだいて採り入れてみた。
 これらについてはこちらのサイトも参照のこと。

 この曲もやはり「作曲にあたっての新・編成組織方法の提案」に準拠した方法でパート割がなされており、「Fl(2)、Ob(1)、Bsn(1)、Es Cl(1)、Cl(6)、B-Cl(1)、A-Sax(2)、T-Sax(1)、Bar-Sax(1)、Trp(4)、F-Hrn(3)、Trb(3)、Euph(1)、Tuba(2)、Perc(4)」《( )内は必要最低限人数》となっている。33人で演奏可能な、私の曲としてはかなり小さい編成。なお、沖縄の伝統楽器などは使っていない。
 書法としても、他の私の曲は「意図的に中低音域で響きを混濁させて、その高次倍音を高音木管でなぞる」ようになっているのだが、この曲では透明な響きのする音程を多くし、細い線的な動きが重視されるような書き方となっている。そのため、いつもと逆に「人数は少なければ少ないほどよい」曲になっている。

 初演の指揮をして下さった柴田さんと初めてお会いしたのは、2004年に私が「科戸の鵲巣」を書き、その練習のために陸上自衛隊中央音楽隊を訪れたときだった。以来、年も近いこともあり、色々と意見交換をするなど、親しくさせて頂いている。熱心に学ぶその姿には私も大いに感化されたものだ。「いずれ指揮や選曲を出来るような立場になったら曲を書く」と約束をしていたのだが、こんなにも早くそれが実現するとは、と嬉しく思い、作曲した。初演の後の打ち上げで柴田さんが「演奏が終わった後、約束が果たせて思わず涙ぐんだ」とスピーチされていたが、それは私にとっても同じことだった。
 なお、陸上自衛隊第1混成団は、2010年3月に第15旅団に改編される予定となっている。

 完成は2008年9月9日。演奏時間は約7分。初演は2008年9月27日に沖縄市の沖縄市民会館・大ホールでの陸上自衛隊第1混成団音楽隊と第3海兵隊音楽隊の「第13回 日米ジョイントコンサート」にて、柴田昌宜指揮の陸上自衛隊第1混成団音楽隊(単独演奏)による。初演者による再演時のライヴ録音が白樺録音企画よりCD発売されている。また、2009年1月に井田康男指揮の陸上自衛隊中部方面音楽隊によってレコーディングされ、CDがブレーンより販売。楽譜もブレーンよりレンタル。

 音源の一部がこちらのサイトでダウンロードできます。

(作曲者より許可を得て転載)

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